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先輩シンママの声 5

たった一人で子どもを育てていくには、大変な困難、そして不安が付きまといます。
行政のサポートは微々たるもので、親からの支援を望めない者にとっては死活問題です。

私自身も父親を早くに亡くし、母親との関係も良好とは言えず、

シンママになっても頼る人も帰る場所もありませんでした。
その投影から精神的ダメージを受けて不登校になってしまった娘を抱え、

歯を食い縛りながらも懸命に生きてきました。

ですが娘が大学に進学したことでついには経済的な限界を感じ、

ある男性と生活を共にしたことで、DV被害に会い、ほうほうの体で逃げ出しました。

家財等をすべて失い、帰る所もなく、

女性相談に電話しても『命の危険がない限り何もできません』と冷たくあしらわれました。

 

辛うじて実家に身を寄せましたが肩身が狭く、

DVを受けたことの精神的ダメージと経済的な不安。
それまでの長いシンママ人生の張り詰めた糸が音を立てて切れるかのように、

心と身体が動かなくなってしまったのです。

 

うつと診断され、仕事ができなくなり、藁をもすがる想いで『シンママ応援団』に相談しました。
そこに待っていたのは思いもかけない支援の扉だったのです。

相談したその日から、全力でサポートしていただき、様々な支援機関にも繋いで頂き、

生活保護の申請から生活面でのサポートまで、全身全霊で助けて頂きました。

もしあの時相談していなかったら、今の私はどうなっていただろう…と思うだけで身震いします。
そして、私がシンママになった当初にこちらを知っていればどんなに良かったか…

生活保護を受けることは恥ずかしいことではなく、

困窮し行き詰まった人生を再構築するための大切な国の財源なんだということを知りました。

 

私達親子は新しく人生の扉を開くきっけを応援団から頂き、その鍵を手にすることができました。

私達は何も知らなすぎるのです。

行政の仕組みや実際、世の中の偏見、

本当に困っている人の為にどのような支援、援助、サポート機関があるのか…

どうか一人で悩まず、ほんの少し勇気を出して最初の一歩を踏み出してください。
ここはとても安全で、全力であなたをサポートし、守ってもらえる場所ですから。
そして子ども達の未来の為に、一緒に歩き出しませんか?

先輩シンママの声4

経営難で多額の借金のある、自営業の主人とは
妊娠を機に、結婚して七年でした。
(借金はあと四年で完済する、と言われてましたが
売上減少などで増える一方でした。)

子どもは小一と幼稚園年長の兄弟です。

新婚時代から、酒癖が悪い主人から何度も
DVやモラハラを受けるようになりましたが
息子たちから『お父さん』を奪うことに迷いがあり、
何度も別居しては戻っていました。

『離婚』を決意したのは、子どもたちにも暴力を
ふるったのが、どうしても許せなかったからです。

まともな話し合いはできず、調停をして半年ほどで
離婚が成立しました。

着の身着のまま、逃げるように三人で戻り
持病のある、年金暮らしの両親に甘えて実家に住んだものの
「お互いのために、できれば将来は別で住んでほしい」と
言われ、私も納得はしたものの、始めたばかりのパートの
収入だけで、生活の建て直しをどうすればいいのか
途方に暮れていました。
(独身時代の貯金は、借金返済と生活費に使い果たし
主人の自営業を手伝っていたものの、
当然給料はありませんでした)

役所をはじめ、色々な相談機関に行きましたが
具体的なアドバイスには繋がらず、こちらのサイトに
たどりつきました。

『大阪』となっているので、他府県在住の私は
対象外だろうな、と思いつつ、諦め半分、
藁にもすがる思いでメールをしました。

すぐに『生活保護の申請をしましょう!必ず通ります。』と
心強い返信を頂き、その週末には最寄り駅まで来てくださり
申請に付き添って下さる地元の方も紹介して頂きました。

実はその三ヶ月ほど前に、自分一人で役所に
生活保護の相談に行きました。
話は聞いてもらったものの、申請書も書かせてもらえず
帰されました。

が、付き添いの方のお力添えのおかげで、無事に申請も通り
母子三人で引っ越すことができました。

申請が通るまで両親からは、「怪しい組織では?」
「騙されてないか?」などと言われ続けましたが
(失礼ですみません)、本当に見ず知らずの私たちのために
力を貸してくださったのです。

生活保護に抵抗がないと言えば嘘になりますが
今の私たち三人の穏やかな生活のためには、これしか方法は
ありませんでした。

今、DVやモラハラで悩んでいる方に(心身とも疲れはて
なかなか行動に移せないこともよくわかりますが)

○一人で悩まず、ダメ元でも、とりあえずあちこちに相談

○アドバイスされたことは、できるだけしてみる

ことで、少しずつでも必ず、道が開けてくることを
お伝えしたいです。

私も「私が我慢すれば…」と思ってきましたが
相手は変わりません。

ある方に「お母さんが幸せなら、子どもたちも幸せなの。
逆も然り」と言われ、その言葉を支えに、ここまできました。

今、息子たちはのびのびと明るく、よく笑うように
なりました。

これを励みに、次は本当に自立できるように
がんばろうと思っています。

どうか諦めず、一人で悩まず、声をあげてください。
必ず、手をさしのべてくださる方に繋がります。

先輩シンママの声3

私も経験がありますが、「離婚は自己責任、女一人でも何としても生き抜いて子どもを守っていかなければいけない」と思い込んで

何年もトリプルワークをし続けて、健康を損なってしまいました。

 もっと早くに正しい情報やサポートにつながっていたらよかったと後悔しています。

 

子どもの心の健康はお母さんが安心して暮らせることで守っていけるものです。

子どもの将来のために一人で抱え込まず、困ったことはなんでも相談して解決し笑顔で幸せに暮らしていきましょう。

 

4人の子どものママ 40歳代

先輩シンママの声2

DVを受けていることを11年間気づかず誰にも話をすることができませんでした。

4年前、DVをうけている友人から相談を受け、自分もDV被害者であることに気づきました。

 

なぜ気づかなかったのかを今から考えると、相談しても「私が悪い」といわれるだけだと思って言えませんでした。

自分一人だけだったらそのま我慢していたとおもいますが、子どもに虐待をしたときに、このままではアカン!と思いました。

 

今はたくさんの友達(学生時代の)が支えてくれたり、勉強会に参加することで元気になれています。

あとは、経済的な面ではいろいろな方に相談して少しでも生活が苦しくならないような方法を選んでいってほしいと思います。

 

お母さんが元気になると子どもたちも元気になります。

一人ではないので一緒によい方法を考えていきましょう。

先輩シンママの声投稿1

こんにちは。

私の子供は1歳になる前に障害があることがわかり妊娠中から元旦那から暴力とモラハラを受けてました。

 

離婚というのは子どもに障害がなくても女性一人で養っていけるか?とほんとうに悩むところですが、うちは子供に障害がありとても離婚を悩みました。

 

その間にDVに関して相談できるところに行ったり友達に話を聞いてもらったりしました。

 

相談所のようなところでは私の受けた暴力(痣ができるくらい殴られる)程度では暴力とは言わないと言われたこともあります。

 

そういうことを言われると判断能力が落ちていたこともあり自分が間違っていたのか?とさえ思わされたこともあります。

 

悩んで悩んで繰り返し続き元旦那は変わらない、元旦那から受けたのは暴力だ、子供には元旦那のように暴力振るうのが当たり前の人間になってほしくないと思い離婚を決意しました。

 

そこから調停をし一年くらいかかって離婚しました。

 

そこから働く気まんまんでしたが保育園にも入れてもらえず食べるものとお金もつきもう無理だとなったときに生活保護をうけました。

 

今では子供と二人で毎日生活ができてます。

 

今現在もDV、モラハラを受け悩んでる人がいてるとおもいます。

 

とても辛く離婚を考えるけど自分で判断する気力がなくなっている、動くことさえ制限されてる人もいるかもしれません。

 

ですが相手は急に治ったりすることはありません。

 

これからも続くのです。

 

あなたがどんなに間違ったことをしていても相手が殴ったり暴力をふるうことは許される事ではないです。

 

なので自信をもってください。

 

でも離婚をして子供を一人で養う自信もないかもしれません、仕事も見つからないかもしれません。

そのような時でも動き出せば生活保護という制度で暮らしていけます。

 

悩んでいる段階なら最初から離婚を決めず話を聞いてもらったりすることからでもいいと思います。

そして離婚を決めすぐ離婚できなくても一旦離れてみて生活してください。

 

今かなり辛い状態にある人もいると思いますが自分や子どものために動き出してください。

 

そして自分と子どもが安心して暮らせることを一番に考えてください。

 

自分と子どもを大切に生きていってください。

 

お子さんも安心して暮らしてるお母さんを見て暮らしたいのだと思います。

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